山の中を自分の体一つで登る「登山」は、自然を肌で感じる事が出来る素晴らしいアクティビティです。しかしそれと同時に「遭難」という命に関わる大きな問題と隣り合わせであることも忘れてはいけません。
特に「雪山登山」ではその危険性は更に大きなものとなり、最大限の注意と準備が求められます。
今回は、自身のこれまでの登山の経験から「雪山登山」をする上で、遭難事故を起こさない為に必要な準備をお伝えします。
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雪山登山で遭難事故を起こさない為に「今すぐ出来る対策」
対策1:「天気予報を十分に確認する」
悪天候により行動不能に陥ったり、転倒・滑落を起こしたりするなど、悪天候による遭難事故を「気象遭難」呼ばれています。
山の中での悪天候は想像を超えるものであり、絶対に舐めてはいけません。
夏山においても標高の高い稜線での悪天候は低体温症や視界不良などの危険性がありますが、冬の稜線上での悪天候は夏の比ではありません。
▼悪天候により想定される危険事項
- 低体温症
- 視界不良による道迷い
- ホワイトアウトによる行動不能や雪庇の踏み抜きによる滑落
- 雪庇の発達
- 豪雪による雪崩の発生
- 強風による雪面のアイスバーン化
全てが命に関わる恐ろしさを秘めていますが、特に怖いのがホワイトアウトと雪崩です。
【ホワイトアウト】
濃いガスや吹雪、強風により雪面の雪が舞い上げられることで、視界の全てが白一色となり、視界が全く効かなくなります。単純な平野であればGPSなどを頼りに前に進んでいくことは出来ますが、一番恐ろしいのは稜線上でホワイトアウトに遭遇した場合です。
稜線上は細いリッジであることが多く、雪庇が発達していることも珍しくありません。雪庇の上を歩いてはいけないことは常識として分かっていても、空と雪の区別ができないので、どこが雪庇なのかが分かなくなってしまいます。万が一にも雪庇を踏み抜いた場合、滑落を起こすだけではなく、その後雪崩を誘発して埋没してしまう危険性があります。
【雪崩】
雪崩の危険性に関しは正しい知識を持っていれば、ルートの選定や通過する時間帯を考慮するなどの事前準備によりある程度は、遭遇する危険性を下げる事が出来ます。
しかし、視界不良によりルートの選定に失敗した場合や、就寝中などの予期せぬドカ雪により安全箇所が一夜にして雪崩の巣窟へと変貌したりなど、予期せず危険地帯を通行せざるを得なくなってしまう場合があります。
いずれも実際に遭遇してしまうと、取れる選択肢は非常に限られてしまいますが、事前に回避する方法はあります。
それは、「天気予報」をしっかりと確認することです。
天気予報とは、一般的な下界用の天気予報ではなく、ヤマテンなどの山岳気象予報に特化した専門の天気予報での確認が最も確実である。
ヤマテンは月額330円の有料の天気予報ではありますが、無料では得られない「正確性」があります。
これまでの経験上、ネットで配信されている無料の山の天気予報系は直前でコロコロと変わったり、予報と実際の天候と大きな差があったりなど、問題がある事が多かった印象です。
また、雪山登山を行うのであれば、最低でも「地上天気図」と「高層天気図」くらいは読めるようにならないといけないでしょう。
(※ヤマテンでは地上天気図や高層天気図の配信がされており、読み方についても無料で配信されています。)
配信される予報だけに頼るのではなく、自分自身で天候を判断しようとする「学びの姿勢」が大切になってきます。
事前に正しい天気予報を入手することで、山岳気象遭難を大幅に軽減することが出来ます。
対策2:「地形を把握する」
夏山と冬山の大きな違いとして、積雪により地形が大きく異なるという点にあります。
道迷いを起こさずに歩く為には地形を正しく把握しておくことが求められます。
▼事前の準備
- 夏にしっかりと歩いて、正確な地形を理解し覚えること。
- 山行前は改めて地形図で「ルート」「周辺の詳細な地形」「山域全体の大まかな配置」などを確認し直します。
【注意事項】
・地図は概念図ではなく、地形図が必要となります。
・ホワイトアウトが起こると、地形が完璧に頭に入っていても対応が難しくなるので過信してはいけません。
対策3:「緊急用の装備を揃える」
雪山において、「エマージェンシーグッズ」は非常に重要な装備となります。
▼GPS
雪山で悪天候になると「悪天候→視界不良→道迷い→パニックや疲労による行動不能→低体温症」など、負の連鎖により命の危険性がどんどん高まってしまう。
GPSがあることで視界不良においても、現在地をある程度把握する事が出来るので、道迷いや行動不能となるリスクを軽減する事が出来ます。
(※稜線上などではGPSの性能を発揮しきれない場合もあるので、過信してはいけません。)
▼アバランチギア「ビーコン・プローブ・ショベル」
雪崩に遭遇した場合、雪崩対策の装備がなければ、救助はほぼ不可能である。
特に2人以上のパーティー登山の場合、必須装備だと思いましょう。アバランチギアが無ければ何も出きないが、所持していれば助けられるかもしれません。
ソロ登山者においても携帯しておくことで、万が一埋没してしまった時に他の登山者が近くにいた場合、発見して貰える可能性もあるので、単独登山者でも雪崩対策の装備は携帯しておくべきでしょう。
これらの装備は扱い方を熟知していなければ、極限の状態となる"現場"で適切に扱うことはできないので、日頃から練習を繰り返しておかなけまばいけません。
また、ショベルは雪崩発生時に埋没者を掘り出すだけではなく、緊急時に雪洞を堀り強風から身を守る際にも活用する事が出来ます。
雪洞というと本格的なイメージを持ってしまうが、体が入るだけの小さな穴を掘りそこに身を隠し、冷たい風が身体に直接当たることを避けるだけでも身体へのダメージは全く違います。
▼ツェルト
ツェルトは緊急時に命運を分ける装備として近年非常に有名な装備です。
- ツェルトは簡易テントとして立体的に設営して中で風雪を凌いだり...
- ただ単に被ったり...
- 簡易的な半雪道の入り口を塞いだり...
使い方は様々で、最軽量のもので100gからあるので、重量面でも大きな問題とはならないでしょう。
特にグループ登山でテントの荷物担当でないメンバーは、必ず持っておきたい装備の一つとなります。
もしも、今すぐにツェルトを購入する事が難しいといった場合は、使い勝手としてはツェルトよりは劣りますが、テント用のグラウンドシートでも緊急時は十分使用可能と言えます。
▼ココヘリ・衛星通信機器などの緊急機器
山中で遭難事故が発生し、スマートフォンから自身で救助要請ができれば良いのですが、圏外やバッテリーの低下、スマホの紛失などにより自分で救助要請ができない可能性も十分にあります。
【ココヘリ】
ココヘリは20gという超軽量でありながら、現在地を正確に知らせてくれる優れた位置情報発信装置です。
携帯しておくことで、家族などから救助要請があれば、ヘリなどが現在地の捜索に来てくれるので、非常に心強い存在です。
年間契約は必要となりますが、山岳遭難費用保険のサービスが付帯されているので、非常にメリットが多くなっています。
ココヘリについて詳しくはこちら
ココヘリ「無料で遭難費用保険が追加されてお得になった」
【衛星通信機器】
現在は雪山においても電波の通じる場面が少しずつ多くなって来ていますが、樹林帯や斜面など、まだまだ電波が通じない場所は多いのが実情です。
携帯電話が圏外の場合、救助要請をするには下界に降りきるか、斜面を登り返して稜線に出るかという2択を迫れることになります。
そんな中、衛星通信機器であれば、空さえ見えていれば救助要請が可能となります。
(電波の強弱には機種により異なるが、いずれにしても通常のスマートフォンよりは対応可能な幅はとてつもなく広いのは間違いありません。)
衛星通信機器の最大のネックは、費用面です。
本体だけでも非常に高額ですが、衛星通信契約の費用(月額〜年間)も決して安くはありません。
近年話題となっている「Garmin inReach Mini 2」であれば、本体価格が約5万円、月額プランが11USドル(約1,100〜1,500円)からとなっています。
対策4:「自身の力量を把握する」
挑戦的な山行をすることと、自身の力量を超えた山行をすることは、似ているようで全く違います。
"遭難"は初心者もベテランにも等しく起こる可能性がありますが、遭難を起こさない為にも、自分自身の力量を正しく理解しておくことが大切です。
▼登山を始めて間もない場合
新しい山域にステップアップしていく場合、山行履歴だけに捉われず、技術・体力など総合的に成長ができているのかを振り返ってみましょう。
▼過去に登山経験があり久しぶりに再開した場合
ブランクにより技術・体力・感覚がどの程度戻っているのかを確認しましょう。
▼高齢者の場合
筋力やバランス感覚の低下が起こっていないか、しっかりと確認しておきましょう。
登山という性質上「より高みを目指す」という感情が起こることは至極当然のことですが、自身の力量を見誤ると事故を起こす原因になるので、注意しなければいけません。
対策5:「撤退する勇気を持つ」
一番単純なようで一番難しいのが撤退する勇気を持つということです。
「長い林道歩き、急登のラッセル、リッジや雪壁を越えてやっと山頂が目の前に迫って来たという頃、荒天の兆しが見え始めてきた」という事も珍しくありません。
例えば「山頂まで残り10分の距離で、天気が荒れ始めた場合、どうしますか?」
安全面を重視するなら下山をすべきでしょう。しかし、10分の距離であれば山頂を目指してしまっても個人的には責める事はできないように思います。それほどに現場での撤退の判断は簡単ではありません。
しかし10分の距離であれば、往復で最低15分はかかります。悪天候に捕まれば15分の差は非常に大きいです。
とりわけ稜線上での悪天候は想像を絶する厳しさがあり、命を最優先にした選択をする勇気を持たなければいけません。
また以外にも見落としがちなのが、経験豊富なメンバーに囲まれてグループとして山に入っている場合です。
初心者とっては経験者に同伴されていることで、安心感が大きいのは間違いありませんが、それと同時に「もしも自分の体力的・技術的な限界を感じていても、他のメンバーに気兼ねして下山したいと言い出せずに無理をしてしまう可能性があるという点にも十分に留意しなければいけません。
こういった事態を避ける為にも、グループで山に入る際は、メンバー間の力量を的確に把握すると同時に意思疎通ができる信頼関係を構築しておかなければいけない。
対策6:「知識・装備・体力・技術のアップデートを怠らない」
山に関する全ての事項について、常に内容を新しくする姿勢を怠ってはいけません。
山の世界は日進月歩。テクノロジーの進化で装備などがどんどんと新しくなり、「山の常識」は常に変化し続けています。
雪山登山という過酷な環境下で活動していると装備の劣化も著しく、装備によっては数年単位での買い替えも珍しくはないでしょう。
金銭的な問題もあるので簡単ではないですが、適切なギアで山に挑むように心がけなければいけません。
装備品と同じく常にアップデートしなければならないのが、自分自身の肉体です。
年齢に関わらず人間の体は何もしなければ衰えていってしまいます。雪山登山という取り分け厳しい環境に身を置くのであれば、常日頃からトレーニングに励み、正しい知識を頭に入れ、安全登山への努力を欠かしてはいけません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
山岳遭難はいつ誰に起こるかは分かりません。
よく言われている事ですが、「自分だけは大丈夫」という事はあり得ません。
いつ起こるかは分かりませんが、しっかりとした対策により遭難事故を大幅に軽減することは可能です。
「山には臆病に、自分に謙虚にそして厳しく」、安全を第一に考えた登山計画で雪山登山を楽しみましょう。