登山者憧れのルートであり、国内最難関ルートの一つ「槍ヶ岳 北鎌尾根」
私は2022年の9月に初めて挑戦しトラブルにより敗退。翌2023年の7月にリベンジを果たしました。
今回は「槍ヶ岳 北鎌尾根」の難易度と挑戦する上で必要になるスキル等について、自身の敗退と成功談を元に紹介したいと思います。
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【解説】槍ヶ岳 北鎌尾根の難易度と必要なスキル「敗退と成功の経験から対策を考える」
槍ヶ岳 北鎌尾根とは
槍ヶ岳北鎌尾根は、槍ヶ岳山頂から北方向に延びる尾根で、国内最難関の異名を持つバリエーションルートです。
北鎌尾根は「あの加藤文太郎が....」という点は既にご存知だと思うので、ここでは割愛します...。
北鎌尾根が高難易度とされる要因はいくつか挙げられますが、
やはり、岩登り技術は勿論のこと、長い距離を走破する為の体力とルートファインディング力、そしてエスケープ不可で一方通行という点がこのルートの難易度を高めている所以ではないでしょうか。
北鎌尾根の印象?
- 「知名度?」
- 「難しいからこそ登りたい?」
- 「登った者だけが見れる景色が見たい?」
北鎌尾根へ抱く想いは十人十色だと思いますが、登山者にとっての「憧れ」や「夢のルート」である事は間違いないでしょう。
とにかく、北鎌尾根は難しいです。
簡単に登れるルートではありませんし、些細なミスが一瞬で命を奪うルートです。
では、どう難しいのか、それの為に何が必要なのか。
私自身の経験から一登山者として感じた事を紹介したいと思います。
▼「西穂岳~奥穂高岳」との違いは?
北アルプスの難易度の高いルートとしては「西穂岳~奥穂高岳」や「大キレット」などがありますが、これらのルートと北鎌尾根の違いとしては
「西穂岳~奥穂高岳」や「大キレット」には、
・随所に鎖やマーキングがあるなど定期的にルート整備が行われており、ルートファインディングは必要ではあるが、それほど高い能力は求められない。
・エスケープが粗粗不可能という点は同じですが、「西奥」「大キレット」では南→北、北→南と双方から歩かれている為、来た道を「引き返す」という事が可能。
・上記2ルートは難ルートの直前に山小屋がある為、装備を厳選することも可能。
この辺りが、北鎌尾根との大きな違いです。
北鎌尾根に必要なもの1:体力
やっぱり体力。
これはどの解説記事でも言われていることですが、
「北鎌尾根=体力」と言っても過言ではないくらいに、体力が必須です。
▼標高差がエグい
メジャールートである上高地からのアプローチでも、
- 上高地バスターミナルから水俣乗越まで標高差954m登り、
- そこから北鎌沢出合まで標高差640m降り、
- 北鎌沢出合から北鎌のコルまで標高差630m登り、
- そこから更に険しい岩峰地帯を標高差709m登って槍の山頂へと至る。
累計標高差は、2300mとなります。
▼装備が重い
【幕営装備】北鎌沢出合や北鎌のコルなどの稜線上での幕営が必須(※中房温泉側からの貧乏沢経由を除く)
【水】尾根上に水源はありません。最後の水源である北鎌右俣で多めに汲まなければいけません。
【ロープ】メンバーの力量などによっては必要となるでしょう。
装備は軽量化に努めても10kgにはなるでしょう。
▼コースタイムが長い
1日あたりの行動時間が平均10時間を越えます。
特に体力的にキツイと感じたのが次のポイントです。
▼北鎌沢出合~北鎌のコル
この標高差630m登りがけっこうキツイです。
「上高地~水俣乗越経由」と「中房温泉側からの貧乏沢経由」のどちらの場合でも、直前に水を補給するポイントがある為、北鎌沢出合までは行動中の重量を抑える事ができますが、北鎌沢が北鎌尾根までの最後の水の補給ポイントとなります。稜線上での幕営の有無や、季節にもよりますが、3~5Lの補給が必要となるでしょう。
重量以外に体力を奪うポイントが、ルートファインディングです。北鎌沢の登りでのポイントは、「左俣に入らない」「コルを目指す」「クライマーズホイホイに迷い込まない」の3点ですが、これが結構緊張します。緊張が体力の消耗に拍車をかけます。
そして、季節と水量によっては何度も小さな渡渉を繰り返し、濡れている岩場を登る場面も多々あり、630mの登りで予想以上に体力を奪われる事があります。
演習的な山行で、自身の体力レベルを確認することが重要で、西穂~奥穂の縦走をテント泊でコースタイム程度で歩く事が出来るくらいの体力は必要となるでしょう。
過去の経歴だけではなく、今現在の体力レベルを客観的に知る事が大切だと思いました。
軽量化も大事
体力に相当な自信をお持ちである方を除いて、北鎌尾根に挑戦するにあたり軽量化は避けられません。
ザックが重く大きいと体力を削られるだけではなく、体が振られる危険性が高まるので、ザックを軽量コンパクトに抑える事も大事です。
既存の装備での軽量化には限界がある場合、予算と相談しながら、装備の買い替えも視野に入れましょう。
実際に私も装備の買い替えを行い2022年の初挑戦時と比べて、3キロ程の軽量化を行いました。
軽量化させた主な装備
- クッカー(チタン製の500mlサイズに変更)
-
ガス缶(250缶から110缶へ変更)
- テント(一般的なテントから超軽量テントへ変更)
- シュラフ(3シーズンから夏用に変更)
- ロープ(シングルロープからダブルロープへ変更)
- ザック
必要な装備は削らずに、各装備を軽量な物に置き換えました。
装備全体を軽量コンパクトにすることで、ザック自体の容量をワンサイズ落とす事ができました。
但し、それと同じくらい大切なのが体力の向上です。
装備の買い替えは物理的な効果もありますが、自身の意識を高める意味が大きいと思います。
実際に北鎌尾根に行った時の装備はこちらの記事で紹介しています。
北鎌尾根に必要なもの2:ルートファインディング
ルートファインディング力は体力と同じくらい必要です。
北鎌尾根では、ルート取りで難易度が大きく変わるというのは有名な話で、ルートファインディング次第で、難易度や所要時間、安全面が大きく変わってきます。
- アスレチック程度の岩登りで済むか
- 進退窮まる状況になるか
私も事前に本当に多くの方の山行記録や、プロの方の記述など多くの資料を読ませて頂き、その中で特に印象的だった言葉を2つ紹介します。
1.北鎌尾根に楽な道はない
これは正にその通りで、岩峰を目の前にした時に、
「この岩を登るのか?あっ横に巻道っぽい踏み跡がある。行ってみようか」
となってしまいそうになりますが、ちょっと待って下さい。
- 難しそうだけと、登れる岩
- どこに向かうか分からない不確定な巻道"風"の踏み跡
落ち着いて考えれば、どっちを選択すべきかは明白な筈です。
北鎌尾根では「尾根通しが一番安全」と分かっていても、巻道の踏み跡を見ると、そっちに吸い込まれて行きそうになります。
私も本来は直登すべきピークを誤って巻いてしまったり、途中まで行って戻ってきた直登し直したりしたので分かりますが、楽そうな見える巻道よりも、一見難しそうに見える直登の方が断然簡単で安全です。
巻道は始まりは実際に楽ですが、徐々にザレた斜めの急斜面となり、稜線への復帰が困難な場合が多いです。何よりも不確定要素が大きく危険です。
2.北鎌尾根に下りはない
これもよく聞く言葉です。
稜線通しで歩いている場合でも、一瞬だけ下る場所や、岩場のクライムダウンや(または懸垂下降)はありますが、ザレ場やガレ場の長い下りというのはありません。「結構降ってるな」となった場合、間違いなくルートミスです。
私自身どこかのピーク(2843~北鎌平の間)で、非常に難儀した所がありました。
「これを超えるのか?」と一瞬躊躇するような岩峰を目の前にして、一度トライしてみるものの、高度感に足が竦み一度戻りました。
「これは巻くのか?」と、右を覗き込むと明らかな断崖絶壁、いやいやこっちはないな降りたら死ぬ。左を覗き込むと、踏み跡っぽいのが下に続いていました。這松沿いに少し降りてみると、途中から小規模な崖となり、そこを降りてザレたルンゼを登れば稜線に復帰できそうではありました。
「ここを降りるのか?」と一瞬迷いましたが、そこで先ほどの言葉が頭に浮かびました。
いや北鎌尾根に下りはないはず。この時点で数メートルは降っており、明らかなに間違いであると実感しました。
最初の岩峰の前に戻り、もう一度岩に取り付いてみると、やはりこちらが正解でした。確かに少し難易度の高い岩場ではありましたが、落ち着いて見てみるとホールドやスタンスはあり十分に登ることができました。
▼ルートファインディングとは...
ルートファインディングは、目に入ってくる景色(情報)から最善のルートを導きだすことであり、事前情報を活用するとともに冷静な判断が求められ、最適な答えを出すには、これまでの経験による登山の総合力が物を言うところもでもあります。
今は便利な時代で、ネット上にはあらゆる情報が広がっています。
使える情報とそうでない情報の見極めが必要な事は大前提として、SNSやブログ、動画など使えるものは全て使って情報収集を行うようにしましょう。
そして、この時に重要なのが入手した情報をしっかりと「脳内でイメージすること」
どこで、どんな景色があり、どんな場所なのか。
ただ眺めるだけではなく、自分の頭で考えてイメージを膨らませておくことが、当日の為に重要です。
北鎌尾根に必要なもの3:岩登り技術と最低限のロープワーク
岩登り技術
北鎌尾根は岩稜ルートなので、当然ですが岩場の経験と技術が必要となります。
とはいえ、北鎌尾根では正しいルートファインディングを行えば、「超クライミング!」のような岩場には遭遇しません。
※そのような場面に遭遇した時点でルートミスです。
その為、高度なクライミング技術は必要ありませんが、クライミングゲレンデの一番優しいルートをリードで登れたり、一般登山道の岩稜ルートを問題なく登れるくらいのレベルは必要です。
重要なのは基本的な岩登り技術を「10kg以上のザックを背負って10時時間以上、安定して継続出来るか。」という点にあります。
北鎌尾根のクライマックスとなる大槍の登りは、本ルート中で技術的に最も難しいところだと思います。
大槍では、小さなホールドとスタンスを手掛かりに登らなければならず、思い切りの良さも求められる為、「難しいと感じるかどうか」はクライミング経験や登山者のスキルに左右されるでしょう。
ロープ無しでも登れるくらいの登攀力は必要ですが、北鎌尾根の大詰めで疲労も溜まっていると思われるので、初心者を連れている場合は、ロープによる確保も念頭に置いてた方が良いでしょう。
但し、単独の場合や、既に登り始めている場合は、どうしようもないので自力で何とかするしかありません。
大槍で進退窮まるとかなりヤバいです。
そうならないように、岩登り技術を高めておきましょう。
メモ
周辺の有名な高難易度の岩稜ルートとして「西穂岳~奥穂高岳」「大キレット」がありますが、これらのルートで「怖い」「難しい」と感じる場合、「北鎌尾根」はまだ無理です。最低でもどちらかのルートをテント泊装備で経験しておく事をお勧めします。
最低限のロープワーク
そして、ロープワークですが、最低でも「懸垂下降」は出来る必要があります。
正しいルート取りが出来ていれば、懸垂下降が絶対に必要な箇所はありませんが、状況により必要な箇所は数ヶ所あります。
特に北鎌平の手前1~2箇所くらい、大きな岩場の下りがあります。
- 荷物が重たい時、
- 雨や風など天候が悪い時、
- 朝露や雨の後など岩が濡れている時、
- 疲労がある時、
- 恐怖心や焦り、極端な高揚感など精神状態が良くない時、
このような状態の時は、普段であれば下りられそう場所でも、迷わず懸垂下降を行いましょう。
私達も「疲労・安全面・時間」を比較して3回懸垂下降を行ないました。
「正しいルートのはずだけど、怖くて下りられません。
進退窮まったので、救助要請します。」
なんて事になったら、大迷惑なのは勿論ですが、実際に危険です。
少し厳しい表現になりますが、「懸垂下降も出来ない」「ロープが重たいから持てない」という状態では、まだ北鎌尾根に挑戦するレベルではありません。
北鎌尾根に必要なもの4:計画性と精神力
計画性
北鎌尾根に挑戦する場合、「体調管理」「装備の選定」「天候判断」「ルート(地形)の把握」、その他諸々が完璧でないといけません。
例:テントかツェルトか
テントは安心&快適ですが重く体力を削られます。
ツェルトは軽いという圧倒的なメリットがありますが、快適性はテントに比べて劣るというデメリットがあり、経験が浅いとメリットをデメリットが大きく上回ってしまいます。
私はテントとツェルトの間を取った超軽量テントを持っていきました。
使用しているテントに関してはこちらの記事で紹介しています。
【レビュー】超軽量テントfinetrackカミナモノポール2
例:行動食
行動食は何をどれだけの量を持って行くのか。
栄養価や吸収力の違い、自分の身体への相性など、考えることは沢山あります。
水も同じで、何リットル必要なのか。水が無ければ命に関わる事にもなりかねませんが、持てば持つほど重たくなり、結果的に体内の水分を多く消費してしまう原因にもなります。
行動食と水の量についてはこちらの記事で紹介しています。
【登山歴6年】僕の行動食はコレ「夏山~冬山/日帰り~テント泊」
例:天候判断
北鎌尾根は高難易度の岩稜帯の通過となるので、天候判断も非常に重要なポイントとなります。
雨が降れば岩場が滑りやすくなる事は勿論ですが、ガスが湧くとルートファインディングが難しくなります。また稜線上での「雨+風」という組み合わせは夏においても低体温症を引き起こす要因になるので注意しなければいけません。
とはいえ、北鎌尾根の全日程が晴れという周期を掴むことも難しく、「どのタイミングで、どの程度の雨ならばOKなのか?」という判断基準を持っておく必要があります。
通常の縦走登山では気にならない程度の「些細な違い」が、北鎌尾根では顕著になって現れます。
ガイドブックやインターネットの山行記録などを情報源にしつつも、自分自身のこれまでの経験と実力を元に、「許容できる範囲を把握」し、最善の選択が求められます。
精神力
これは決して根性論の話ではありません。
北鎌尾根には凄まじい圧迫感があります。
水俣乗越を下れば、即圏外になりますし、四方を山に囲まれて、山の中にどっぷりと浸かっている感覚になります。
「無事に生きて帰れるのか」
そんな不安が押し寄せる中、「逃げ出したい」という弱い気持ちに打ち勝って「目の前にあるチャンスを掴む」強い精神力が必要だと思いました。
そして、稜線に上がってしまえば、もう引き返す事はできません。
難易度の高い岩場を目の前にしても、泣きたくなっても進むしかありません。
- 予想外の難易度だった
- 予想外にルートを逸れてしまった
- 予想外の悪天候に見舞われた
- 予想外の時間が掛かってしまった
十分な準備をしてきたつもりでも、想定外は起こります。
そんな時にパニックにならずに冷静に判断する為の、強い精神力が必要です。
北鎌尾根に必要なもの5:撤退する勇気と技術
「もしも撤退するなら?」
登っても降りられなければ、生きては帰れません。
前回(2022年秋)に挑戦した際、私達は独標を視界に捉えた所で、トラブル発生により下山してきましたが、あれ以上進んでいれば戻るのも厳しいものとなっていたことでしょう。
「進むのか、戻るのか」判断を迫られた時に、状況に合わせて適切な判断ができなければいけません。
北鎌尾根に行かれた方のほとんどが一方通行ですが、
「万が一の際に、自分達はどうするのか」
出発前は勿論、行動中も、総合的に考えながら進むことが必要だと思いました。
因みに、撤退する場合は当然ですが、来た道を戻る事になります。
必死に登った北鎌沢を下り、苦労した下ったガレ場を水俣乗越まで登り返さなければいけませんが、
これが結構辛いです。
まとめ
北鎌尾根に求められるスキル
- 体力
一番大切なのがこれ。体力が全てです。
「西穂~奥穂」の縦走をテント泊で、コースタイム程度で歩けるくらいは必要。 - ルートファインディング力
ルート次第で難易度が大きく変わる。一般登山道しか歩いた事が無い人は無理。 - 岩登り技術
高いクライミングスキルは不要だが、重いザックを背負った状態で長時間維持できる事が大切。
こちらも「西穂~奥穂」の縦走が難しと感じるようでは駄目。 - 最低限のロープワーク
最低でも懸垂下降は出来る必要がある。実際にバリエーションルートでの運用経験ががある方が良いが、クライミングゲレンデでのみ経験がある場合は、ザックを背負った状態で行うなど、模擬練習が必要。 - 計画性
行程、ルート状況、天候判断など入念な準備が必要。悪天候時の安易な入山は本当に危険。
自分自身の能力を客観的に判断する必要がある。
そして、自分自身の「敗退と成功」の両方の経験から思う、北鎌尾根の攻略に重要となるポイントは、
「北鎌の為に、どれだけの準備をして、どれだけ身体を作り上げてきたか」
「北鎌の為に、どれだけの情熱を持って挑めているか」
そんな数値では測れない部分も重要になってくるではないかと思っています。
最後に一言、
「北鎌尾根は非常に危険で難しいルートですが、素晴らしく楽しいルートでもありました。
また、いつかもう一度登りたいと思っています。」
いつかは挑戦しようと計画されている登山者の皆様。
どうか、無事に下りてきて、最高の思い出になることを願っています。