皆さん「懸垂下降」をご存知でしょうか?
懸垂下降は、危険箇所をロープで安全に下降する為の技術ですが、ロープワークということで、どこか遠い世界の技術だと思っている方も多いのではないでしょうか?
今回は、懸垂下降の必要性と、注意点についてお話ししていきたいと思います。
目次
【登山者必見】懸垂下降/ロープによる安全確保はまずはこれを覚えよう
懸垂下降とは
懸垂下降とは、ロープを使った下降技術の一つで、急峻な斜面や岩場を安全に下降することができます。
ロープワークによる安全確保技術は2人以上で用いることが多いですが、懸垂下降は1人でも使用できる技術であり、ソロ登山者においても有用な技術です。
習得の有無が登山の安全性に大きく変わってくると言っても過言ではないので、一定以上のレベルの登山を行う登山者全員が習得すべき技術でもあると思います。
方法としては、支点にロープをセットして、デバイスでテンションを掛けながら下降し、その後ロープを回収するという至ってシンプルな技術でありながら、極めて安全であり、それと同時に注意点も多い技術です。
技術の習得にあたっては必ずプロや信頼の出来る経験者から学習し、しっかりと復習を繰り返さなければいけません。
Youtubeなどインターネット上の動画だけでの独学は非常に危険である為、注意しましょう。
懸垂下降を習得すべき理由
進退極まる場面でも対応できる
岩稜登山や雪山登山など、本格的な登山では、いつ「進退極まる」局面に遭遇するか分かりません。
「絶対降れないような急斜面でも、人は案外登れてしまいます。
その為、気が付かずにそのまま登ってしまい、間違ったルートだと気がついた時に、身体極まる状況に陥ります。」
ロープがあれば、安全に下れるかもしれませんが、
ロープが無ければ、下降は相当厳しいでしょうし、もしかしたら足を滑らせて死ぬかもしれません。
「岩稜登山」「沢登り」「雪山登山」など、一般登山道から外れたルートに身を置く場合、ロープ1本で守れる命があるということを念頭において欲しいと思います。
安全策があるから、前に進める
2022年5月に残雪の残る南岳西尾根に挑戦した際、西尾根の下部は雪壁と化していました。
登りながら「ここを下るのは厳しいだろうと」と分かっていましたが、「懸垂下降で安全に降りる事ができる」と判断した為、そのまま前に進みました。
もしも、難ルートに挑戦した時に、
・天気も万全
・体調も良好
でも下降のことを考えると厳しそうだから、撤退するしかない。
そうなると、勿体無くないでしょうか。
それ以外にも、行きは元気ハツラツでも、ちょっとしたコンディションの変化で、下山が厳しいものになるということも起こります。
「安全策」が一つあるだけで、安心して前に進む事ができます。
▼備考
最近は、UL装備のソロ登山者が、冬季を含めたバリエーションルートを日帰りで走破されている姿を多く見かけます。
確かに山の中において「軽さは正義」で、軽ければ軽いほどバランスも崩しにくく、難所も安全に通過する事ができるでしょう。
使う可能性が非常に低い「お守り」的なロープが、装備の選択肢から外されることは納得できますが、
緊急時に差が出るソロ登山者や、ビバーク時に差が出る日帰り登山者こそ、最低限のセルフレスキューの装備を持つべきではないかと思います。
懸垂下降の注意点
ここまで、懸垂下降の利点をお伝えしてきましたが、懸垂下降は便利な反面、非常に危険な側面を持ち合わせているという事もお伝えしていきたいと思います。
手順を誤ると、一瞬で大事故に繋がる
懸垂下降は安全に下降する為の技術ですが、一歩間違えば大事故に繋がる危険性もあります。
実際にクライミング中の死亡事故ワースト1位と言われているので、運用については注意しなければいけません。
▼準備中にバランスを崩して落下
支点の構築をしてロープを投げる際に、バランスを崩して滑落した。
【安全策】懸垂下降で支点を構築する場所は、ロープの長さを最大限に活かす為にも、下降開始地点の直ぐ近くに設置することが多く、それは即ち危険個所ギリギリの場所ということです。その為、万が一バランスを崩せばそのまま即落下。安全に下りる為の技術の準備を命を落とせば意味がありません。
▼支点が崩壊する
懸垂下降は、下降開始地点の上部の支点一箇所のみと繋がっている為、万が一支点が崩壊すると地面まで垂直落下し、大事故または死亡する可能性があります。
【安全策】防止する為には強固な支点を確保する必要があります。木の場合は最低でも成人男性の手首以上の太さが必要で、足りない場合は複数の枝をまとめて使用する。尚、既存の捨て縄は紫外線や風雨により劣化しており、いつ破断するか分からないので、出来る限り自分で持参した捨て縄を用いる方が良い。
▼下降中にロープの末端からスッポ抜ける
順調に下降していたが、突然テンションが無くなったかと思えば、ロープがデバイスから外れてフリー落下した。というケース。
【安全策】これはロープの末端を結んでいなかった為に、ロープの末端まで下降してそのまま外れて落下するというもの。それを防止する為には、ロープの末端が地面まで到達している事が明白な場合を除き、末端は必ず結んでおかなければいけません。
▼手を放して急速落下
下降中に何かしらのアクシデントで制動を掛けている側の手のテンションが抜けて、凄いスピードで落ちるというのは、十分に想定される出来事です。壁に掛けている足が滑ったり、ロープが突然動いたり、上部からの落石があったり、といつ発生するか分かりません。
【安全策】防止する方法としては、フリクションヒッチによるバックアップを設けることです。これに関しては、個人の考えにより必要性の有無は意見が分かれる所ではありますが、安全対策は講じた方が良いでしょう。また、懸垂下降では経験者が先に下降した場合は、後続者が下りている際にロープの末端を持ち、墜落時にはロープを引いてテンションを掛けるなどの対策も必要です。
これらは懸垂下降で起こりやすい事故の一例ですが、全て、一瞬で大事故へと繋がってしまいます。
実戦での運用は想像以上に難しい
▼支点の確保&構築が難しい
クライミングゲレンデではなく、実際の登山での懸垂下降で意外と苦労するのが「支点」の確保です。
有名なルートの場合、支点構築の為の「残置」がある事が多いですが、
そうでない場合は、自分で「木」や「岩」を利用して支点と見つけ出さなければいけませんが、これが以外と難しい場合が多く、
捨て縄を掛けられる木や岩がなかったり、
ボロい岩や、腐った木しかなかったり、
懸垂下降を2ピッチ以上続ける場合、1回目は良い支点が見つかっても、2回目以降は良い支点が見当たらなかったり、
と、支点の確保そのものに難航する場合は多々あります。
特に人が余り来ないバリエーションルートや、通常はロープが要らないルートでコンディションの変化によって急遽懸垂下降をする場合などに良く起こります。
このようなアクシデントに遭遇したら経験によってカバーするしかありません。
▼トラブルがつきもの
実際の登山で懸垂を行う場合、小さなトラブルが頻繫に発生します。
準備中に、投げたロープが木に絡まったり、
下降中に、ロープが絡まって解きながら下降したり、
下降中に、足元の雪渓や岩が崩壊してバランスを崩したり、
下降後に、末端が地面についておらず、登り返したり、
トラブルが起こっても、パニックにならずに冷静に対処しなければいけません。
懸垂下降での、大原則
▼ロープ・ギアを絶対に落とさない
当然の事ですが、ロープやギアを絶対に落としてはいけません。
不注意で必要な装備を落下させてしまうと、下りること自体が出来なくなってしまいます。
- ロープの架け替えじにはバックアップを取る
- ギアの脱着は焦らず、丁寧に。
- 2人以上の場合は、相互確認を徹底する。
など、基本に忠実になるのと同時に、準備の前に行動食を食べて心身ともにリラックスするという事も大切です。
そして、それと同じくらいに大切なのが、落としたギアを無理に回収しようとしないという事です。
デバイスの落下であればカラビナでの代用や、肩絡みでの懸垂下降下降など、別途練習をしていなければ対応は出来ませんが、ロープさえあれば、落ちついて考えればいくらでも対処方法はあります。
ロープそのものを落下させた場合は、回収が不可能な場合は諦めて救助要請をしましょう。
▼どんな時も基本に忠実に
懸垂下降の事故の要因の大部分はヒューマンエラーにあると言われています。
本番中の懸垂下降はどこか"焦り"があったり、何ピッチも繰り返し懸垂を行っていたりなど、その時の状況で、ついつい基本を蔑ろにしてしまう事がありますが、これが事故の原因となります。
・必ずセルフビレイを取る
・支点の強度の確認
・バックアップは必ず設ける
・システムの指差し確認
どんな状況でも、基本には忠実でいなければいけません。
▼日頃から練習を怠らない
懸垂下降は緊急時に使用する技術でもあるので、だからこそ、迅速且つ確実に行えるように、日頃から練習を繰り返しておかなければいけません。
また、前述の通り、不測の事態には降った後、途中から登りかえす事も必要となるので、「登り返し技術」も習得しておかければいけません。
それ以外にも、肩がらみでの懸垂下降やカラビナによるムンターヒッチでの懸垂下降など、バリエーションルートを効かせた練習をしておくことで、アクシデントが発生した際にも冷静に対処しておく事が出来ます。
まとめ&結論
懸垂下降は、習得すれば、「登山者の安全」と「登山の可能性」の両方を広げてくれる、非常に大切な登山技術となります。
しかし、正しい知識で運用しなければ一瞬で大事故へと発展してしまう危険性も秘めているのも事実です。
まず初めは独学ではなく、講習会などプロの指導者から学習し、その後、安全な場所で練習を繰り返し行い、確実な技術へと繋げていきましょう。