「ジャンダルム」...奥穂高岳の南西にそびえ立つ3152mの岩峰。
畏怖の念すら抱くその名は、登山者の憧れの場所ではないでしょうか。
今回は「ジャンダルム」を登る上での注意点をご紹介したいと思います。
目次
【解説】登山者憧れのジャンダルムと西奥縦走「難易度と注意点について」
ジャンダルムについて
ジャンダルムとは、北アルプス「穂高連峰」の奥穂高岳の隣にあるドーム型の岩稜で、名前の由来はフランス語の「憲兵/gens d'armes」からきており、奥穂高岳の前衛峰としてその名がつけられたと言われています。
最も有名なのは、今回ご紹介する西穂高岳~奥穂高岳の縦走路の途中にあるジャンダルムですが、それ以外にも赤岳ジャンダルム群(北アルプス/硫黄尾根)や、剱岳(北アルプス/2,999m)や鳥海山(東方地方/2,236m)にもジャンダルムと呼ばれる岩峰があります。
ジャンダルムへのアプローチ方法
ジャンダルムへの主なアプローチ方法としては、大分の方が西穂高岳~奥穂岳への縦走路の通過点としてジャックナイフを訪れると思いますが、本ルートは一般登山道の最難関としての位置付けの為、十分注意しなければいけません。
※天狗沢・コブ尾根・飛騨尾根などからジャンダルムへとダイレクトに至るルートもありますが、バリエーションルート扱いとなる為、ここでは割愛します。
- 奥穂高岳から(所用時間:穂高岳山荘から1時間30分)
- 西穂高岳から(所用時間:西穂山荘から5時間55分)
- 天狗沢(廃道/通行困難)
- コブ尾根(バリエーションルート)
- 飛騨尾根(バリエーションルート)
上記のコースタイムは標準コースタイムとなりますが、一般的には10時間以上が目安とされていますが、それ以上にかかることも十分にあります。
行程が長い分、疲労や技術不足などがあれば掛け算式に時間が増えますし、渋滞に巻き込まれると数十分単位でのタイムロスが発生します。
因みに、他人の記録を参考にする場合
西穂山荘を夜明け前に出発して、穂高岳山荘に到着するのが、、、
- 昼前で、そのまま大キレットも超えて行く人
→もはや別次元。決して自分も出来るとは思わないこと。 - 昼過ぎで、テント場でのんびりしている人
→結構な健脚なので、記録を参考にする場合は自分のレベルと照らし合わせること。
- 夕方頃で、日暮れまでには到着している人
→まぁまぁ一般的な体力レベルの人
- 日暮れ以降で、真っ暗になってから到着している人
→体力や管理能力に問題がある可能性があるので、全体的に参考にならない。
という感じのイメージです。
西穂高岳~奥穂高岳への縦走について
西奥縦走路の注意点
ジャンダルムの岩峰それ自体の難易度は決して高くありません。基本的な3点支持の岩登りが出来れば、登る事が出来るでしょう。
問題はジャンダルムに至るまでのアプローチにあります。
既にご紹介した通り、ジャンダルムは西穂高岳~奥穂高岳の途中にあり、本縦走路は一般登山道国内最難関と言われています。実際に2度このルートを歩きましたが、確かに難易度は高く、技術・体力・精神力の問われる難ルートです。
西穂高岳からか、または奥穂高岳から向かうかで、各難所のポイントが異なりますので、両方の側からご紹介したいと思います。
西穂高岳側からの注意点
西穂高岳方面からジャンダルムに向かうまでの注意点をまとめました。
先にポイント!
西穂高岳からジャンダルムを超えて奥穂高岳へと向かう場合の注意点は、累計標高差にあります。
西穂山荘から穂高岳山荘までの累計標高差は登り1196m、下り575mです。ジャンダルムまでは難所越えとアップダウンを繰り返しながらの長大な登りと、その先にジャンダルム・ロバの耳・馬の背と本コース屈指の難所が連続して待ち構えています。消耗しきった体力・集中力切れによる事故には注意が必要です。
≪ジャンダルムまで≫
西穂方面からジャンダルムまで、間ノ岳のガレたルンゼ、天狗のコルへの下降、逆層スラブなど多くの難所がありますが、注意すべきはコースタイムと累計標高差です。
▼西穂山荘~ジャンダルム
所要時間:5時間55分(標準CT)
累計標高差:登り1080m、下り293m
※ジャンダルムから穂高岳山荘までは、所要時間1時間15分、登り116m、下り282mです。
標高差1080mは槍平やババ平から槍ヶ岳山荘までの標高差と同じですが、体感的な疲労感はただ歩くだけのルートと比較してはいけません。
・岩場のアップダウン
・難所を通過する為の集中力の維持
・気温上昇による体力消耗
・渋滞によるタイムロス
など、様々な要素が絡み合い、時間と体力を凄まじいスピードで消耗していきます。
これらの問題を出来る限り回避し、日没までに穂高岳山荘に到着する為には、西穂山荘をどれだけ早く出発するかがキーポイントとなります。
私が西穂山荘~槍ヶ岳まで縦走した際は、西穂高岳で日の出を迎える計画を立てました。当然西穂高岳まではヘッドライトでの行動となりますが、西穂高岳単体は既に何度も登頂していた為、夜間行動でも問題はありませんでした。
≪ジャンダルム≫
西穂側からきた場合は、ジャンダルムの南側からそのまま登りますが、技術的な難易度は高くありませんので、基本的な3点支持に気を付ければ問題ないでしょう。
その後、奥穂高岳方面へと抜ける際に、ジャンダルムからそのまま進行方向に下降するにはロープによる懸垂下降が必要となるので、来た道をジャンダルム基部まで戻り、信州側をトラバースします。このトラバースも落ち着いて通過すれば問題ありませんが、一部身体が宙に投げ出されるような(感覚の)場所があるので少し緊張します。トラバース中の離合は不可能なので、注意が必要です。
≪ロバの耳≫
西穂側からの場合、ロバの耳は下降がメインとなり、注意が必要です。鎖場も随所に配置されていますが、「鎖の長さが足りない」「どうしてここに無いの?」という感じで、思い切りの良さが必要な場面もあり結構怖いです。気を引き締めて通過しましょう。
ロバの耳を通過してコルに降り立つと、そこからウマノセへと向かって急なガレ場を登って行きます。技術的な難しさはありませんが、上部からの落石には警戒が必要です。
≪ウマノセ≫
西穂側からの場合は、ウマノセは登りになる為、奥穂側からに比べると難易度は少し下がります。とはいえ、切れ落ちた絶壁を登る為、細心の注意が必要です。万が一にも足を滑らせれば命は無いでしょう。途中の離合は不可能な為、上部からの登山者がいないか確認し、いる場合はしっかりと意思確認をした上で登り始めましょう。
≪奥穂高岳から穂高岳山荘≫
ここまでの縦走路に比べれば技術的難易度は下がったように感じてしまいますが、油断は禁物。穂高岳山荘といえば、滑落防止ネットが設置されている事で有名で、実際に山荘直下で事故が多発しています。これまでの疲労とピークを超えて山荘が視界に入った事による安心感が緊張の糸が切れて事故を誘発するパターンです。
奥穂高岳側からの注意点
お次は、奥穂高岳方面からジャンダルムに向かうまでの注意点をまとめました。
先にポイント!
奥穂高岳からジャンダルムを超えて西穂山荘へと向かう場合、累計標高差は登り549m、下り1171mと基本的には下り基調となります。
しかし、馬の背、逆層スラブ、間ノ岳のガレ場などの難所が下りでの使用となり、難易度が上がる点には注意が必要です。
≪奥穂高岳≫
穂高岳山荘から奥穂高岳までの登りの難易度は、それ程高くありませんが、下降組との離合、朝の冷え込みなどには注意が必要です。
≪馬ノ背≫
奥穂側からの場面、ウマノセは下りとなり、登りよりも難易度が高いです。身体が宙に投げ出された状態(の様な感覚)でのクライムダウンが暫く続く為、緊張は必至です。一歩足を踏み出して「怖い!(無理!)」と感じた場合は、そのまま登り返して引き返すという判断も必要です。
その後、ロバーの耳の起点となるコルへと降り立つまで傾斜のきつい長い下りとなりますが、落石が起こりやすい為、慎重な足運びが必要です。
≪ロバの耳≫
奥穂側からの場面、ロバの耳は登りとなり、下りに比べると難易度は少し下がりますが、ステップも狭く下降組との離合は注意が必要です。
≪ジャンダルム≫
奥穂側からの場合は、「北側を直登」か「信州側をトラバースして南側から登る」の2つの選択肢があります。「北側を直登する」方がコースタイムは短縮できますが、直登を攻略する為にはクライミング的な岩登り技術と、ルートを見定める目が必要となり、見誤ると装備重量も相まって進退窮まる可能性があるので、素直に南側から登りましょう。
≪その後:往復または西穂へ縦走≫
これらを往復する場合は、難所の通過が上り下り逆となるので、上述の西穂側からのポイントをご確認下さい。
そのまま西穂高岳へと抜ける場合、次の安全圏は独標通過以降となり、標準コースタイムで約4時間となり、体力や技術力で大幅に変動します。ここが最後の引き返すポイントとなるので、慎重な判断をしましょう。
西奥縦走で必要な技術と注意点
既にご存知の通り、ジャンダルムは西穂高岳~奥穂高岳の縦走路の中にあり、ジャンダル攻略の鍵は、そもそもがこの縦走路を走破できるだけの「技術・体力・経験」が備わっているかにかかっています。
一般登山道として最高ランクに位置する「西奥縦走」の比較対象として上がられる「大キレット」や「剱岳」がありますが、求められる岩登り技術単体でいうならば、槍の穂先、剱岳、奥穂などと大差はないでしょう。しかし、行程の長さや安全圏までの距離を考えると、やはり西奥縦走が圧倒的に難しいでしょう。
≪技術≫
簡単なクライミングゲレンデやボルダリングで基本的な岩登り技術を身に付けて、最低でも3点支持が呼吸と同じくらい自然に行えるようになりましょう。また、このルートではクライムダウンが頻発するので、下降の練習も行うことも大切です。登りは勢いで行けるところがありますが、下りに関しては、実際の山行を想定した練習をしているかどうかで大きな差が生れます。
≪体力≫
体力は天候(紫外線や強風)や緊張により、想像以上に奪われていきます。また、ルートの特性上、離合が困難な場所が多く、順番待ちによるタイムロスも念頭に置かなければいけません。
これらの問題を解決する為にも、低山や中級山岳に足繫く通って基礎的な体力をつけることは勿論ですが、定期的に当日よりも重い装備で縦走登山等を行いコースタイム通り(または以下)に歩けるようになっておく必要があります。
≪実践≫
実践はとても大切です。1,000m級の山と3,000m級の高山では空気や風、岩肌など全てが違います。南八ヶ岳縦走、剱岳、大キレットなど実際の山行に近い環境でデモンストレーションを実施しましょう。
など、順を追って技術や体力をつけて行くのがセオリーではないかと思います。
Q&A
テント泊か小屋泊はどちらがいいですか?
テント泊か小屋泊かを迷われている場合は、既にテント泊の経験が一定以上あるものと思われますし、その前提でお答えします。
その場合は、やはりテント泊をおすすめします。
▼テント泊のメリット
1.山小屋の空き状況を関係なく天気優先で予定を組める
穂高岳山荘も西穂山荘もどちらも予約必須の山小屋です。どちらの山小屋もハイシーズンは予約の確保が難しく、今週雨だから来週に延ばそうと思っても1週間前とかでは到底予約は取れません。次の予約が取れないから、「多少の雨でも決行しよう」となりかねません。今の所、穂高岳山荘も西穂山荘もテント泊の予約は不要なのでスケジュールは小屋泊よりは組みやすいですね。
但し、予約不要という事は場所の確保が出来ないので、到着が遅くなると張る場所が無くなる可能性もあります。特に西穂山荘は到着が遅いと設営が不可能になる事もありますので、注意が必要です。
2.圧倒的な達成感がある
この縦走路を歩くのであれば、テント泊装備でこの縦走路を歩くのは辛いです。重荷に喘いで披露感に心が折れそうになることもあると思います。それでも、その全てを背負って難所を超えて最後のピークに立った時の達成感・爽快感は小屋泊にはない物があります。
※これはテント泊経験者が小屋泊と迷った場合を想定した回答であり、小屋泊を軽視する意味ではありません。
但し、
ザックの重量や体力面・機動力・安全性に直結してくるので、可能な限りの軽量化が求められます。
軽量化は覚悟の現れです。食糧計画からテントやシュラフの選定、ストックの有無など、これまでの経験から当日をイメージして何が必要で何が要らないかを考えましょう。
岩稜ルートの装備に関してはこちらの記事でも紹介していますので、よろしければどうぞ。
【解説】槍ヶ岳 北鎌尾根の全装備を紹介「重量と食事内容も紹介」
雨予報は中止した方が良いですか?
ずっと準備してきた縦走計画。天気予報は雨マーク。どうすべきか?判断にとても迷うと思います。
結論としては、
日中ずっと雨なら迷わず中止
これはもう絶対です。雨の中歩けるルートではありません。
夏は積乱雲が発達する危険性もあるので、日中の雨予報は中止するのが賢明です。
ガスが湧くだけでも精神的な負担や、ルートファインディングの難易度は上がるので、十分に注意しましょう。
夜中~明方の雨なら決行
雨が上がる時刻にもよりますが、穂高~槍ヶ岳の岩稜帯は結構乾きやすいので、雨さえ止めば意外と問題ありません。
前日の夕方から夜中の降雨であれば、翌日の行動には問題はないでしょう。明方に止む場合は、時刻によっては出発が遅れるので注意が必要です。
夕方から雨なら決行
夕方から雨予報の場合は、その分出発時刻を早めて対応します。
西穂高岳側から登る場合、西奥縦走を行う技量があって西穂高岳までの経験があれば、西穂山頂まではヘッドライトでの行動でも問題はありません。奥穂側からの場合は、奥穂山頂までであればヘッドライトでも問題ないでしょう。
晴天率100%が安全ですが、その代わり暑すぎて体力と水を消耗します。
自身のスキルと照らし合わせて、どのリスクなら許容できるかを考えて決定すると良いと思います。
途中でビバークやエスケープできますか?
ビバークできそうなポイントとしては10~12箇所くらいありましたが、降雨、降雪と融雪、地震や人為的な要因で微妙な地形の変化はあるので注意が必要です。
また、最初から稜線上でのビバークを想定した計画も良くありません。西穂高岳側からの場合は、ロープウェイの関係上、まずは西穂山荘一泊するのが一泊的ですが、始発で上がって行けるところまで行って、無理そうなら途中でビバーク....というのは良くないでしょう。
大抵の人は稜線上でビバークせずに西穂か奥穂のどちらかの山荘まで抜けています。
それから、偶に信じられない早朝に稜線を走破していく人もいるので、稜線上でのビバークは万が一登山者が来ても邪魔にならないような場所を選び必要があります。
天狗のコルからのエスケープに関しては、「無理」という意見もあれば、実際はマーキングもあるので岳沢起点で天狗沢から登っている人もいます。とは言え年によっては7月末でも残雪が残る事もあるので、エスケープにはアイゼン・ピッケルが必要となる場合もあります。
状況やリスクを把握した上で、行程やスケジュールに組み込めるなら良いと思いますが、「西穂から天狗のコルまで来たけど、怖くてこれ以上無理!」という状況で、天狗沢からのエスケープはそれなりに大変だと認識した上で判断しましょう。
奥穂から西穂に向かうがロープウェイの最終便が心配
西穂から奥穂はロープウェイの始発の関係で2泊3日が基本ですが、奥穂から西穂なら1泊2日でスケジュールが組めるので挑戦しやすいですよね。
しかし、ここで心配になってくるのがロープウェイの最終便です。サマーシーズンの西穂高口の下り最終便が16時45分ですので、逆算すると遅くても、西穂山頂に15時00分、独標に15時45分、西穂山荘は16時00分には通過しなければいけません。これはかなりギリギリのタイムリミットなので、独標から先は基本小走りになります。
こんな感じでタイムリミットが迫ると、焦りから事故を誘発しかねません。
間に合わないと判断した場合は、諦めて西穂山荘で一泊する勇気を持つか、旧ボッカ道から下るかのどちらかを選択するようが良いでしょう。
旧ボッカ道は下りの場合で、登山道1時間~1時間半と、林道1時間で鍋平高原に到着します。
季節や何時に下り始めるかにもよりますが、ロープウェイ無しでも日没までに下りきる事も出来るでしょう。尚、旧ボッカ道の通行可否はその年の整備具合や登山者の力量により左右されるので、一度歩いておくと安心だと思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
登山者の憧れの存在である「ジャンダルム」
実際にはそこに至るまでの過程の方が圧倒的に難しく、縦走路の通過点としては勿論のこと、穂高岳山荘からジャンダルの往復であっても、安全圏から遠く離れた場所にあるという事を忘れてはいけません。
だからこそ憧れの対象であり、ジャンダルの頂に立てた時の喜びは何事にも代えがたいものとなるのでしょう。
ジャンダルム(西奥縦走)に必要な技術・体力の目安
- 技術
・基本的な3点支持が問題なくスムーズに行えること。
・槍ヶ岳・剱岳・大キレット等の岩稜コースを問題なく通過できること。 - 体力
・当日よりも重い重量で、西奥縦走路と同じ距離の山行をコースタイム以下で歩けること。
最後に、宮田八郎さんのブログ(ぼちぼちいこか)で西穂~奥穂の縦走路について解説されている記事がありますので、ご紹介します。
https://bochiiko8.blog.fc2.com/blog-entry-409.html
読む価値のある内容です。
それではまたお会いしましょう。